杖がある生活

 先日の手術後、「カテーテルが体内に入っているから違和感があるけどね」とお医者さんに言われて出てきたんだけど、案の定、KSの私には、違和感どころの騒ぎではない。

 痛みが出ると歩けません。痛み止めも効きません。

 それでも会社に行かなければいけません。杖は必須です。

 1週間程度で杖は不要となると思っておりましたが、そんなことはありません。
杖を突かずに、往復できたのは、たったの2日だけでした。最近は、持って行って途中で使う、になっています。


 でだ。もうこうなったら、杖を満喫してしまえ、とばかりに、半分自棄になって使っています。どうせ、短期間だからね。

★歩道を歩く

  後方からの自転車に必要以上に注意するようになった。
  前方からの自転車のときは、よけられる場所があればそこで待機。やり過ごしてから歩行再開。
  人ごみ。避けたい。駅の中で斜めに突っ切るときには、車での流入と同じ方法。手を上げて、通りたいと言う意思表示をします。これは、若い方よりも年配の方に有効。

★駅・電車

  エスカレータやエレベータをふんだんに使う。
  譲られたら、素直に「ありがとう」「すみません」と言って従う。
  電車の座席では座れない。昔なら譲ってもらえたけど、今は無理。弱い立場が生き辛い世の中になったと痛感。
  弱者を平気で除けさせる若者たちが多いのは悲しい。

★会社

  びっくりするから杖は使わないでと言われたけど、痛いといきなり歩けなくなるので無理。使います。
  優しい社員もいます。ここでも譲ってもらったときは素直に従う。普段の譲り合いとは違うから。

★買い物

  申し訳ないけど自分優先で家族のものまでは買えない。片手しか使えないから。

★総括

  随分と不自由ですよ。杖があると。体力使います。疲れます。歩きにくいところが多い。優しいひともいるけど、大抵はそうでない。

 さて、この杖とおさらばできるようになったら、今まで優しくしてくれたところでは、存分にお返ししますよ。今いっぱい勉強させてもらっていると思っています。

 経験しないとわからんからね。
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# by ja1toep1 | 2011-09-11 09:30 | 闘病生活3

中国もロシアも。。。

 ずいぶんとおおっぴらに軍事行動しているではないですか。

 嫌だよ私は、この年になって、ロシア語や中国語勉強するの。
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# by ja1toep1 | 2011-09-11 09:11 | 日記

集合住宅式介護施設

 初め新しい大きな自分の戸建の家だと思った。

 中が広い。ものすごく。

 で、広い部屋の中を散策していると、急にこじんまりした、小さい部屋に着いた。

 一人で住むにはちょうどいい広さで、介護用のトイレも常備されている。

 小さいコタツも置いてあって、ちゃぶ台とか、昭和初期の居間みたいなところ。

 あれ、そこに母がいた。


 なんかちょこちょこ歩き回って、でももう自分の部屋、みたいにすっかり使いこなしている。



 今来た道を戻る。

 途中道に迷いながら自分の部屋に戻る。

 戻る途中、同じようなつくりの部屋がいくつもあるのに気がついた。

 一見、旅館みたいな感じ。


 夜になって、周囲の部屋がざわついてきた。

 隙間から覗いてみると、どの部屋もそれぞれの家族でいっぱいになっている。



 ここは、まるで、二世代住宅の集合体のような場所らしい。

 親たちには、心行くまで住んでもらい、雨が当たらない近い場所に家族も住んでいる、そんなつくりになっていた。



 そんな夢を見た。
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# by ja1toep1 | 2011-09-11 08:03 | 夢の話

25年前の日記が出てきた

 押入れの中を整理していたら、学生時代から20代後半(1981-1989年)の日記が出てきた。

 その中に、私がIS(アイエス)の中のひとつ、クラインフェルター症候群(染色体が47XXY)を宣告されて2,3週間めぐらいの日記が出てきましたので公開します。

以下原文どおりです。漢字変換、句読点、改行、すべて原文のまま。

===   1986.Sep.29

言われて2~3週間経った。
まるで夢のような、それでいて、もう知っていたかのような、不思議な感じがして。
どうしたらいいのか、何をすればいいのか、急に周囲の事すべてが
つまらなくなり、白けてきて、さめてきて。
どうにもなりはしないのに、何に助けを求めたらいいのかわからなくて。
助けを借りずに生きてゆかなくてはいけないのだと、自分に言いきかせ。
ヨボヨボになっても自分一人で生きてゆかなくてはいけないし。
それがあたりまえだと思ったりもする。

生まれてきただけ幸せだと言われ。
厳しいけど、その通りかもしれないと思い。
一人になると、そのことばかり考える。電車の中で涙が止まらなくなることもしばしば。

世の中にいっぱいいると、医者に言われ。
人は人、他人は他人。要するにオレはどうなんだと思い。

中学・高校の頃、将来は、適当な時期に結婚して、子供が生まれ。
大金もりっぱな家もいらないから。なんかそんなふうに生きていきたい。
生きていけたら充分だと思ったが。
根底からくつがえされた。

MYちゃんもMHちゃんも、なんたってTK君がかわいくて。子供が好きだ。大好きだ。
電車でお母さんにおんぶされてねむっている子供、公園で土いじりしている子供、デパートで泣きじゃくっている子供、夕暮れに、ご飯のしたくをしているお母さんと、子供がじゃれあったり。でも、無理なんだ。100%。

他人が能力を持っていようがいまいが、関係ない。でも、自分自身が100%だめだと言われたら、くやしい。それも先天性だなんて。
何にあたればいい訳? 何をうらめばいいんだ。
何でもいい、あたりながらうらみながら生きていくのもいいかもしれない。
でもあたれない。うらめない。

仕事なんかどうなってもいい。
どこかへ行きたい。じっくり考えたい。何を?

女の人がいればって言ったって。よけいむなしいだけかもしれない。

わかってくれる人がいるといっても、それは理想であって、誰も安易に考えている人はいない。

わかってくれて、一生を苦しんで悩んで生きていってくれる人、そんな物好きがいるとは思えない。そんなお人よしがいますか。
同情はいやだ。そういう人とめぐり会ったとして、何らかの形で断ってくるのが普通のような気がして、それでもうらまないから安心しな。

何かしたい。何をすれば救われるのかわからない。
どうすれば。
===

※MYちゃん、MHちゃん、TK君は、学生時代の下宿先の子供で小学校前ぐらいの子供たちです。


 優しいな、なかちゃん(自分)。母親を恨まないと宣言しているね。こんな状況でも。

 今、読み返して、この絶望感の中にいる自分に、今の自分は、何も声をかけてあげられない、って思った。
 読んでいて、もう、涙が止まらなかった。



 でもね、なかちゃん(自分)、大丈夫だったんだよ。

 少なくとも10年後立ち直って、結婚して、14年経とうとしている今もラブラブ生活が続いていて、こんな私をよく理解してくれている家族にめぐり合えているんだよ。

 今の自分が今の自分に言ってあげられる。今だから。
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# by ja1toep1 | 2011-09-05 20:30 | クラインフェルター症候群

関東が強風域に

 先ほどから風が強くなってきています。

 関東が強風域に入ったようようです。

また、現在の台風の位置は、だいたい四国の南にあって、もうすぐ、四国に上陸しそうです。

関東の雨の状態
f0187499_23155229.jpg

19時頃に都内から帰宅するときと、大して変わっていません。

ということは、山梨県付近に、大量の雨が落ちているということです。

 立派なアンテナを上げられている方は、ちょっとだけ降ろしましょう。

 ちなみに、我が家は該当しません。



 大きな災害にならないことを祈ります。
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# by ja1toep1 | 2011-09-02 23:18 | 災害・ボランティア

NEWS<砂浜の落とし穴で夫婦死亡>

 これ、まぁ、掘った本人も犠牲になっているから。。。

 危ないんですよ、こういうふざけたことが。1m四方だって危ないと思います。
でも、自分たち以外の人が犠牲だったら、もっと大変だったでしょうね。子供とかね。

 先日読んだ、フィクションの小説でしたけどね、似たようなシーンがありました。
終戦直後に武器を隠そうとして掘った穴に、もう、明日明日、家に帰れる段になって、落ちて亡くなった、というもの。

 四角い箱の中に落ちるのとはちがうんだからさ、周囲の砂が崩れるんだからさ。

 なんで、こんなこと考えるんでしょうかね。かわいそうに。

以下記事全文。
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 27日午後10時ごろ、石川県かほく市大崎の海水浴場で、金沢市の会社員出村裕樹さん(23)と妻里沙さん(23)が、落とし穴に転落。通報で駆け付けた消防署員が病院に搬送したが死亡が確認された。津幡署によると、穴は約2・4メートル四方、深さ約2・5メートル。死因は落ちた際に砂に埋まった窒息死。落とし穴は裕樹さんを驚かせようと、里沙さんが友人数人と昼間に掘り、穴の位置が分からないようにしていたという。
====
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# by ja1toep1 | 2011-08-28 10:10 | NEWS

今回もありましたよ、採血バトル

 5年前に入院したときの採血の様子は、こちらから。。。

 採血
 採血 その2


 で、今回も以前より大変でした。

 やはり体調がよくなかったために、採血可能な血管がさらに見えなかった、という事らしいです。


①手術時

  スタ:女性の手術スタッフの方

 なか:血管は細いので、いつも医者泣かせ、看護婦さん泣かせなんですよ。
 スタ:どれどれ。
    (左腕を見ながら)あー、本当ですね、これ、どうしよう。

    ・・・でも果敢に腕にむんずと刺して・・・

    あれっ、んーん。。。。。抜きますね。ごめんなさい。

 なか:まぁ、謝らなくっても、こっちが悪いので。。。

 スタ:手の甲ならいけるかも。。。
    あー、でも細いなぁ。。。。ぶつぶつぶつ。。。

    でも2度目にしてやっと入ったようで次の麻酔の作業に掛かりました。

②術後

   男性:医療関係者


  術後の翌日の朝に採血がありまして。。。そこに現れたのは男性の医療関係者。
  私はあまり良い状態ではなかったため、さっさと採って貰いたくって、取って置きの、右腕の手首を差し出しました。ここをはずす人はそういないので、確実に採ってくれると思ったんですよね。
ただね、ほら、男性では過去にうまくいっていないということもあって、一抹の不安はありましてね、今回は的中するわけです。

  男性:採血に来ました。
  なか:えっ。採るんですか。
      じゃぁ(って、右腕を出して)確実なところで、宜しくお願いします。

  男性:(いろいろやっているんだけど、どうしてもうまく血管を見つけられないらしい)
      うーん、ダメだな。。。。ダメだ。。。ダメですね。。。。

  なか:(内心:へたくそー。こんなん見えているのに、なんでダメなの。
      初心の看護士なんかじゃ無理無理、私のは大変なんだから)

  男性:あのー、1箇所、そこなら確実なんですけど。。。

  なか:(不審そうに)どこですかぁ。

  男性:足です。

  なか:足って、痛くないんですか?

  男性:意外と痛くないんですよ。

  なか:じゃぁ、どうぞ、お願いします。
      (内心:しょうがねぇなぁ、初心の看護士のために一肌脱ぐか)

  男性:じゃぁ、ズボン脱いでください。
  
  なか:へ、脱がなきゃいけないところなの?
     (もしかして。。。あそこ? 足の付け根?
      5年前の採血で女医さんが指定したけど、
      私が、女房の許可なしでは無理って拒んだところか)
     (まぁ、男だから、いいとするか)

  男性:(血管をぐっと指で押さえましてね、あっさりと採りました)

  なか:(確かに簡単なところなのね)


  さて、この男性、医療関係者と書いたのには訳があります。つまり、看護士か医師かの区別が私の中ではついていなかったからです。

 採血後に看護婦さんが入ってきましてね。。。

  看護婦:さっき、先生がいらしたでしょう?

  な か:いいえ、来てません。採血で、看護士さんがきただけです。

  看護婦:それが先生です。


  そうなんです、足の付け根からの採血は、動脈からの採血で、それはドクター(医師)しかできないことを後日知ったのです。
でも、そのときは、その男性を私は医師とは認めていませんでした。あんな若いのに、採血ぐらいちゃんとやれよ、って思っていました。
それから、その動脈からの採血のときですが、胃酸が上ってきて吐きそうになりました。つまり、具合が悪くなったということです。もう、あそこからの採血は、断ろうと思います。でも、腕のいい女医さんならいいかな。

③②の翌朝も採血が。

 今度は看護婦さん。
 左腕の関節においしそうな血管を見つけた看護婦さん。細い針でって言っているのに、普通の針でね採ろうとしたんですね。血管に当たりませんでした。見えているはずなのに。諦めたときに、針を抜いたのですが、血は一滴も出ませんでした。
でもね、左手首からはちゃんと採っていきました。
ほらほらね、ちゃんと取れるんですよ、手首は。。。②のお医者さん、もっと練習しないとね。

 でも、この朝も、大変な朝で、結局、朝の採血でその日全ての体力を使い切りました。まだ朝なのに。

④猪木でないんだからさ。

 採血ではないんですがね、点滴の針が痛くなって、別な血管を捜さなければならなくなりました。
今度も男性のお医者さんでした。体育会系で、②の草食系とはちょっとちがう安心感を撒き散らしておりました。

 この先生も、一回目、ダメでした。
 難しいなぁ、これ、とか言いながら、あっちこっちにぐさぐさ刺しているんですよ。痛かったんですけどね。
 で、ごめんダメだわ、とか言って、一回目を諦めました。

 2回目は、右手の甲でした。
 ここも、見えていませんから、難しいはずなんですよ。

 でもね、もう確信を持ってね、言いました。

 医師:1・2・3で針刺しますからね。。。。

 医師:1・2・3!!

 なか:(先生さぁ、ずるいよ。子供だましでないんだからさ、2で入れたでしょう)

  まぁ、結果オーライということでしょう。

 この先生、さっぱりした方で、お名前は存じ上げませんでしたけど、この先生になら、命預けられるな、って思いましたね。
②の草食系医師には、とてもとても預けられません。




 さて、こうして採血バトルが今回も繰り広げられましたが、みなさん1回目、失敗してました。


 また、④先生が入れた針ですが、退院が決まった日の夕方には、もう点滴が入りにくくなっておりましてね、腕の位置とか、指の握り位置とかで入り方が違うんですよ。
で、後、大きいのが1本、小さいのが2本って言われるんです。それで、点滴は終わりだからってね。

 ここで、商談にはいりましたよさすがに。これ以上無理だもの。次の血管を見つけるのは腕からは不可能でしたからね。つまり「やったことにしてもらえないか」ということですわ。

ところが、ナースステーション側の意向としては、「入るまで入れる」でした。
まぁ、当たり前ですけどね。

で、結局、寝る前に終わる予定の点滴が終わったのが、深夜1時前。
で、これで最後だと言われていたので、抜針してくれって言ったのですが、申し送りがされていなくって、すったもんだした後の1時過ぎに、やっと解放されたのでした。

 いやー、人間の身体が欲しい、って思いましたよ。

 もっと普通の身体が欲しいです。ほんと。
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# by ja1toep1 | 2011-08-28 09:47 | 闘病生活3

極限の中で

 きっかけは入院当日の昼過ぎの地震にあった。

 あー、なんか揺れている。周囲もざわつき始め、地震だ、ってなった。

 その後、病院の看護士さんが使う器具を載せたカーゴが動いているときに聞こえる、超周波数の高い音が自分の神経に触った。黒板に爪を立てたような、そんな音が気になった。
ちょっとの物音に、ピクって反応してしまう。
看護士さんが自分のベッドのカーテンを開いてもいないのに、開いて覗いているような、そんな気配に反応していた。
廊下を歩く人の歩調、音で、お医者さんなのか、看護士なのか、それ以外の医療関係者なのか、お見舞いの人なのかが、わかるようになっていた。

 この時点で、神経過敏になっていると気がつかなかった。


 そして、術後。

 心電図の計測器のケーブル、点滴のチューブ、おしっこの管、酸素マスクなどで、ベッドから動けない状態にあったし、寝返り程度までと言われていた。
実際には、右半身の腰付近の痛みで、寝返りをうつことさえ難しかった。
水分は、前日21時以降から絶飲食だったので、口の中も乾いていた。

 普段から、左半身を下にして寝ると、咳が止まらなくなったり、息苦しさを感じていたけれど、術後の体勢はその左半身を下にするようにしかできなかった。

 そうして聞かされた、手術の結果。

 「石は砕けませんでした。」

 私の心が砕けた瞬間でした。



 その後、まぁ、これは一部夢の中の話かもしれませんが、夢と現実をいったりきたりしながら、こんなことを考えてしまったのです。


 ★全てのことが信じられなくなった。

 お医者さんや、今回の手術入院でいろいろと心配してくれた人や、尽力してくれた方や、自分が求めている信仰さえも信じられなくなってしまった。
そこに向けられた全ての祈りも私は「毒」にしてしまったんです。罪深いことです。


 ★今まで回避してきたことが思い出されて苦しめられた。

 自分が今までの人生の中で回避してきたことが、走馬灯のように流れてきて、苦しみました。
子供の頃から、苦手で避けてきたもの、逃げてきたものが、ひとつひとつ想い出されて、なぜ、そこを一歩踏み出さなかったのか、踏み出していたら楽になってたかもしれない、とか。
「そこを、ちょっと越えて、こっちにくれば楽なのに」「男なら潔く」とか、いう声も聞こえた。

 もう、苦しかった。苦しくって苦しくって、もう、苦しくて。

 身体が動かせないから、なおのこと厳しかった。


 ★いつの間にか「呼吸の仕方」を忘れてしまっていた。

 酸素吸入はしていました。マスクですけど。後は、身体の傾け方による、息苦しさ。精神的に追い詰められてだと思うんだけど。
痛みによる呼吸の難しさもありました。つまり深呼吸が痛くてできない。

 浅くせわしない呼吸に変わっていました。



 そこで、はた、と気がつく。

 「息が出来ない」「呼吸の仕方ってどうやるんだっけ」

 そして、さらになおパニックに陥っていきそうでした。

 すかさずナースコール。

 「息が出来ず苦しい」

 恰幅のいい(包容力のありそうな)看護婦さんがやってきました。
そして、左手の指に末梢の酸素濃度を測る機械をつけて、こう言ったのです。

 「酸素濃度は100%です。酸素はちゃんと身体の隅々に供給されていますよ。」


 ★今回のこの一連のことが、精神的なパニックだと、自覚した。

 「過呼吸かも」

 そして、ちょっとだけ、看護婦さんが寄り添ってくださいました。けど。
役不足と思ったんですよ。つまり、寄り添う程度では回復できない、って。


 で、その状態が随分と長く続きました。

 過呼吸は、袋を口に当ててしばらく呼吸していくうちに落ち着くことは知っていましたが、そのときには、それができる状態にありませんでした。まぁ、看護婦さんにお願いすればよかったかもしれませんでしたけど、なんか、頼みたくなかったんです。


 ★泣く

 そうしているうちに、ある人のことが頭に浮かんだんです。
 最近、大変な手術をした人です。その人も苦しかったんですよね。で、そのときの自分からの言葉がなんだったかを想い出したんです。

 「最近、泣いた?」
 「よく今まで一人で頑張った。えらかったねぇ。」

 ってね、そう言ったことを想い出した。


 自分にも同じことを言い聞かせてみました。

 涙は少ししか出ませんでしたけど、それで、少しだけ楽になることができました。

 乗り越えられる、と思った瞬間でした。 


 ちなみに、前回の退院間際の疎外感によって一時的な鬱状態になった時は、看護士さんに打ち明けるのに、日単位の時間を要しています。今回のこの即時ナースコールは、前回の経験を生かしたものでした。つまり恥ずかしい事ではない、ってことです。

で、前回の鬱はどうやって直したか。

前回の入院時は、その状況をリアルタイム感覚でブログにアップしていましたから、そのコメントで、無線仲間からの大激励がありました。その激励で、泣いて、泣いて、それで、乗り越えたんです。ありがたかったでしたよ。その絶妙なタイミングが、とってもありがたかった。
今回は、それすらできない身体の状態だったということです。



 その後、多くのお医者さんが大変な状況の中で、いろいろとチャレンジしたけど、どうしても石を砕けなかったことを聞きました。その一瞬でしたけど、信じられない気持ちを持ってしまったことに、申し訳なかったと思っています。


 また、後日、精神科医の先生からの診察を受けた際に、この話をかいつまんでしました。
そうしたら、その先生。一言だけ言いました。

 「結局、自分で処置してしまったのね」


 私は、苦しいときに、「泣く」を身に着けてしまいました。

 でも、これがますます外にその兆候を見せないことになってしまうのではないか、って、それも怖いかなっても思うんです。つまり、精神科的な診察や処方なしで、小復活をしていくのが、もし、手遅れになったら、とか、そんなことも考えたりするんですね。

 で、今日も、かなり揺らいでいます。躁の状態にはなりませんが、朝は特に、鬱っぽくなります。しかも、越えられてしまうんでなないか、って、思っています。そこがまた、怖い。
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# by ja1toep1 | 2011-08-27 10:16 | 闘病生活3

藤原の効果

南から2つの台風11号と12号が接近している。
しかも同時に日本に近づいてくる予報だ。

こういうときの台風はお互いに干渉しあうというのが「藤原の効果」と呼ばれるものだ。

で、これを題材にした小説がある。

ミッドナイトイーグルを書いた、高嶋哲夫の「東京大洪水」だ。

二つの台風が一つになって、関東を襲うというもの。
この本は是非台風が来る前に読んでいただきたい。如何にゼロメートル未満地帯が危険か、地下鉄が危険か、如何に政府の対応が今のままでは足りないかがわかります。

この進路予測にはスーパーコンピュータが使われるのだけれど、きっと、これを読んだら、あの議員さんは「2番目ではいけないんですか」なんていう愚問はしなくなるのではあるまいか。

まぁ、そんな議員のことはいいんだけれど、震災で多くの犠牲者が出ましたけれど、この台風、とても動きが気になります。東京都の東側のゼロメートル未満地帯が心配です。今、これに対応できるほど政府が健康だとは思えない。原発のような後手後手にならないように祈るのみです。

 ところで、「藤」が付く名前で、世界的に有名な指標があります。そうです。竜巻の大きさを測る藤田スケールのFですね。「藤」が付く日本人が頑張っています。何を隠そう、私の母方にも「藤」がつく。家内の旧姓にも「藤」がつく。隠れた才能でもあるんでしょうかね。

以下、無理やり合成してみました。(クリックするとはっきり見れます)
f0187499_18151658.jpg


以下ウィキペディアより抜粋。
===
藤原の効果(Fujiwhara Effect)は、2つの熱帯低気圧が接近した場合、それらが干渉して通常とは異なる進路をとる現象のことである。 1921年に当時の中央気象台所長だった藤原咲平が、このような相互作用の存在を提唱したためこの名がある。

熱帯低気圧は、大まかには近くの亜熱帯高気圧や気圧の谷に伴う上空の風に吹き流されて移動していく。 近くに別の熱帯低気圧が存在する場合、その熱帯低気圧に反時計回りに吹き込む風によって吹き流される効果が付け加わる。 そのため2つの熱帯低気圧が接近すると、それぞれがもう片方の熱帯低気圧の周りを反時計回りに接近しながら移動していくことになる。 これにさらに、亜熱帯高気圧や気圧の谷の風に吹き流される運動が足し合わされるため、熱帯低気圧ごとにかなり異なった動きが見られる。

藤原の効果が見られるようになる熱帯低気圧間の距離はその熱帯低気圧の大きさや強さにより異なるが、だいたい1000km以内とされている。 このような距離に熱帯低気圧が複数存在することは大西洋やインド洋ではあまり見られず、ほとんどが太平洋上、特に北西太平洋に多く見られる。

藤原の効果は6つに分類されている。

相寄り型:
 弱い方の熱帯低気圧が接近しながら急激に衰弱し、強い方の熱帯低気圧に取り込まれてしまう。

指向型:
 片方の熱帯低気圧だけが干渉を受けて、もう片方の熱帯低気圧の回りを運動するように見える。

追従型:
 片方の熱帯低気圧がまず移動し、その後ろをもう片方の熱帯低気圧が追いかけていく。

時間待ち型:
 東側の熱帯低気圧がまず北上し、その熱帯低気圧が去った後に西側の熱帯低気圧が北上しはじめる。

同行型:
 2つの熱帯低気圧が並行して移動する。

離反型:
 東側の熱帯低気圧が加速して北東へ移動し、西側の熱帯低気圧が減速しながら西へ移動する。

接近した台風がお互いに複雑な動きをする理由としては、互いの風の影響ではないか、というおおまかな仮説が立てられているものの、詳しく分かっていないのが現状である。
===
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# by ja1toep1 | 2011-08-25 18:14 | 災害・ボランティア

NEWS<チャンピオン先生、生徒殴り懲戒=「力は抜いた」>

力を抜いたとか、抜かなかったとか、そういうレベルの問題ではありませんよ。これは。

私は、25年ほど前に、空手を習ったことがありました。入院するまでのたったの1ヶ月でしたけど。
最初に教わることは「素人相手に空手を武器に使ったら犯罪だ」ということです。

ボクシング、相撲、柔道、空手、プロレスなどなど、こういうスポーツをする人は、素人にそれを使うことはしてはいけないのです。「力を抜いた」とか、そういうレベルではないと思います。

 プロならば、その力(知恵)を悪事に使ってはいけません。
世の中の良いことのために使うために習得していることを、自覚しないといけないと思います。

以下記事全文。
===
アマチュアボクシングライトヘビー級の元全日本チャンピオンで、横浜市立横浜総合高校の保健体育の男性教諭(60)が、同校の1年の男子生徒を殴り、生徒が病院で手当てを受けていたことが25日、分かった。同市教育委員会は同日、教諭を減給10分の1(1カ月)の懲戒処分とした。

 教諭は「10分の1の力で殴った。行き過ぎで反省している」と話しているという。

 市教委によると、5月24日夕、校舎内のトイレの非常呼び出しの警報が鳴ったのを、教諭が被害生徒のいたずらと思い込み、トイレにいた生徒の左脇腹を右手で殴った。生徒は念のため病院で治療を受けた。 
===
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# by ja1toep1 | 2011-08-25 13:52 | NEWS