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現地からの声が届いた

 さっき、初めて、現地からの生の声を聞くことができた。

 うれしい。

 実家周辺にも電気が届いて、私の実家も避難所として活躍してくれているみたい。

 んーん。

 なんて表現したらいいのかわからないけど。








 ありがたかったです。
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by ja1toep1 | 2011-03-31 21:27 | 災害・ボランティア

まだ押しかけられる状況ではないでしょう

 今週末、実家がある陸前高田市に入る人は、私が知っているだけで、6組ある。

 首相も入れてですけどね。

 やっと物を除(よ)けて確保した道は、まだその周辺で見つかっていない人たちを探すための道だと、私は思っています。

 ちょっと車を止めて、もし瓦礫を除けたとき、そこに犠牲者を見つけても、みなさんは大丈夫なのでしょうか。
大丈夫かどうか、というのは、きちんと届けたり、連絡したり、運んだり、できるのでしょうか。

 まだまだ多くの行方不明者がおります。壊れた家を探したりしている被災者も大勢います。

 そういう方々を、さらに傷つけないように、お願いします。


 もうひとつは、地震や津波がまだ収まっていない、ということです。

 流れてしまって、以前よりも早く波が押し寄せる可能性があります。

 そのときに、はたして逃げ切れるでしょうか。

 今回の波は早かったですよ。高さもありましたよ。道もまだ、完全に元には戻っていません。

 道の両脇の瓦礫でパンクを起こすかもしれません。渋滞でもしたら、二次災害は避けられません。

 タイヤ交換や、タイヤ修理ができない方は邪魔になるだけです。

 車を捨てて、逃げ切れる自信はありますか。

 まだ、普通の状態ではないのです。



 私は、今回入ろうとしている人たちの多くは、まだ入るべきではないのではないかと思います。

 ぜひ、再考されてください。






 それとも、私の考え方は突拍子もないものでしょうか。

追記・・・

 とは、言うものの、出かける人がいるから、現地からの声も聞けるというものですよね。
ちょっと、考えが変わったかも。

でもね、危険性は高いままだと思いますので、気をつけてお出かけください。

お願いいたします。
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by ja1toep1 | 2011-03-31 20:37 | 災害・ボランティア

身元推定者情報  というのがある

 覚悟して見ないと見れない情報です。

 過去には、御巣鷹での墜落事故、過去の地震津波災害などを取り扱ったドキュメンタリーで、こういう描写のものがありました。

私は、読みなれて(?)いるから。。。。ですけど。

 これを作る人、探す人。。。。。大変です。ご苦労様です。

 本当に、言葉では言い表せないほと、過酷な中での確認作業だと思います。

 でも、その知らせを待っている人たちがいます。


 何を言いたいのか、わからなくなってきましたけど、




 どうか、宜しくお願いいたします。
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by ja1toep1 | 2011-03-30 23:03 | 災害・ボランティア

視察って、まさか、見るだけではないよね。当然。

 Twitterみたいな投稿ですみません。

 お偉方が、被災地に入るらしいんですけど。

 お土産は、水とか、食料とか、そういうものは当たり前で、もっと、

劇的に好転するもの

 を期待しています。

 それができないのなら、やめなはれ。

 同行したり、かかる費用、要員、燃料、食料、道路、などなど、無駄どころか、邪魔なだけ。
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by ja1toep1 | 2011-03-30 22:54 | 災害・ボランティア

なんでも自粛って言ってますけど

 今度、無線仲間が、花見を開催してくれます。というか、定例会ですけど。

 で、今回、壊滅的な被害を受けた田舎を持っていると、知っていて、誘ってくれました。

時間が作れれば行きたいと思います。

ありがたいです。うれしいです。



 どこかの誰かは、経済も停滞させたいのかもしれません。

 そんなに自粛したいのなら、選挙を自粛して、選挙活動資金を義捐金として回したらいかがでしょう。
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by ja1toep1 | 2011-03-30 21:13 | 日記

復興を考えてみた

陸前高田について想う。

①住宅を高台に建てる

 過去の歴史の中で、津波災害の後で、当然のようにこういうことは行われました。
でも、結果として、どうでした? 多くの住宅が低い土地に戻っていました。
それは、高台は不便、低いところが便利。何年に1回しか起きない災害のために。。。
ということなのだろう。

 だから、また高台に移しても、遠い将来的には、同じことが繰り返されると思われる。

②高い防波堤を築く

 陸前高田市にあった堤防は、チリ地震津波以降に建設と思われます。だから、低いのかと。
でも、100年ほどの長い周期で発生する三陸大津波は、20m以上の津波になるのは、歴史を紐解けば明らか。では、30mの防波堤を万里の長城のように張り巡らせるのか。
防波堤と言えども建造物。地震でひび割れたり、ちょっとでも手抜きがあれば、そこから崩れ去り、1箇所でも崩れれば、意味を成さなくなってしまう。

③津波に対抗するでなく「かわす」のは

 昔、川の氾濫を止めるのに、治水工事をして、川の流れ道を整備しました。津波も、堤防を築いて、ある意味流れを制御したかったんだと思いますが、それは、難しかった、ということでしょうか。

 では、逆の発想で、津波を受け入れてしまったらどうなんでしょうか。
語弊があるかもしれませんが、つまり、津波を避ける意味での「かわす」をしたらどうでしょう。

実際にはどうやるのかは分かりませんけど。

 その膨大なエネルギーを別なものに変える、というところまでは考えていませんけどね。それは、将来的に学者さんたちに研究していただければ。

④低地に家があっても避難できる

 どうせ、低地に建ててしまうのなら。。。
低地でも津波がきたら避難できるような避難経路が確保されていればいいんではないか。
理想は、100m以内。寝たきりは難しいとしても、お年寄りなら短時間で移動できるような避難所の確保。
津波にも強く(今回だって、崩れなかった建物はある。低かったけど)、一時的にしのげる場所。

 たとえが悪いかもしれませんが、アメリカのオクラホマなどの竜巻多発地帯では、地下室を持っているでしょう。例えばそういうものです。津波に地下室はダメですけどね。例えばの話です。

⑤例えば、こんなの

 ちょっと現実的ではないかも知れませんが。。。

 頑丈なビルを建てる。
 住居は5階(30m)以上。
 4階までは、なんらかの施設。娯楽施設でもいいし、つまりは壊れても生活に支障がない施設。
 多くの人を収容できる集会所がある。
 上階には備蓄もできる。
 最上階には衛星電話または無線設備を持つ。当然発電機もある。
 電力は、できれば、太陽熱とか風力とかが使えるようになっている。
 ヘリポートもあってもいいかも。
 津波に対しては、抵抗が少なくなるように建てる。

⑥農作物について

 約50年前にチリ地震津波によって、私の田舎の田畑は津波に洗われた。でも、何年か経って、いままでは田んぼで稲も育てていた、ということは、そんなに時間がかからずに、潮だらけの土地は復活できるということなのかもしれない。もちろん、いろんな努力や研究はあったでしょう。
例えば、潮に強い農作物から作り始めるとか。

⑦漁業について

 これは、わかりません。どなたか考えてください。

津波に強い、漁業を。養殖とか。港湾としてでもいいかもしれません。
津波の被害にあっているからこそ、できる何かがあるのではないかと思います。

⑧交通について

 道はわからないけど、鉄道は、今までとは違うルートにしてもいいのでは。電化もいいだろうし。

⑨すばらしい景色は

 また作ればいい。
 松原には、松を植えれば再生できるかも。太古の昔から、高田松原に松が一列に植わっていたわけではないでしょう。


ここまでは、今回の災害後に考えていたもの。

ここからは、故郷を今まで考え続けてきたことから。。。

⑪東京と同じ収入を得よう

 インターネットなどのインフラが整備されている。それを使って、東京の仕事を、いや世界の仕事を田舎でできるようにする。もちろん、収入は東京並み、生活のために東京に行く必要を減らす。

⑫田舎の特技を考える

 昔は、気仙大工と言って、いい宮大工がたくさんいたらしい。私の祖父も、そうだった。国会議事堂の修繕に関わったらしい。そういう技術、他にももっとあるだろう、あっただろう、技術を見直し伝承する。
良い食料品を作っていて、今回被災したところも多い。でも、ノウハウは頭の中に、手が覚えているはず。施設などがあれば、再建は可能なのではなかろうか。

⑬特技がなくても

 これから何かに取り組んでもいいかも。
例えば、自給自足とまではいかなくても、自己完結型の街にするとか。
石油やガスは難しくても、電気の一部は自分たちで作る。野菜は、自分たちのところで作る。魚介類も獲れる。その他の製品の中で、自分たちの街で使うだけなら、作れてしまうとか、いうものは無いだろうか。

 こういう自己完結型の街が、あちらこちらにできれば、わざわざ都会に出る必要もなくなったりしないだろうか。


 まぁ、もうちょっと先の話だと思います。

 今東京でも動き始めています。

 でもね、そこに住んでいる人が第一だと思います。ここははずさないで考えていきたいですよね。

 そして、ぜひ、陸前高田が全国で、いや、世界に知られる「住み良い街」になったらいいな、ってね、思います。

 誰もが住みたくなるような街に。
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by ja1toep1 | 2011-03-28 22:09 | 災害・ボランティア

実家の付近

陸前高田市小友町(追記)

 mixiに写真を載せていた方がいらして、自宅の周辺の写真をみることができました。
上の前の投稿の最後の写真で「二台の車がすれ違っている場所あたりまできたものと思われます。
」よりも、ちょっとだけ、低そうなぐらいのようでした。

 すさまじく破壊されていました。

初め、どこかわかりませんでしたもの。
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by ja1toep1 | 2011-03-27 17:30 | 災害・ボランティア

一喜一憂

全く連絡がつかなかった友達が生きている事がわかりました。もうあきらめていました。

なので、ここのところの日課の死亡者確認は、ちょっとだけ気が楽になったと思っていたら、同級生で親戚の死亡を見つけてしまいました。

ショックです。
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by ja1toep1 | 2011-03-26 01:27 | 日記

帰宅後の日課

被災地からの声

 今日、地震後に被災地の友人に送った「大丈夫?」メールの10通のうちの9人目から返事がきた。
大丈夫なのはほぼ確実だったんだけど、やはりね、ちゃんとした証がないと。

 で、まだ生存の証がない方々が多くいる。
自分の中では、もう、かなりあきらめてしまっているのもありますが、いずれにしても、早く見つかって欲しいのです。

 なので、最近は、帰宅後「亡くなった方の名簿」を警察庁のサイトから見つけ出し、気仙地方に関係するところだけを抜き取って、まとめてしまっています。また、mixiや「陸前高田情報」から、残念ながら遺体で発見された方の氏名なども、加えてまとめてしまっています。

 ここのところの情緒不安定に拍車をかける行為だということは重々わかっているんですけど、何かをやらずにいられないんです。
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by ja1toep1 | 2011-03-24 23:41 | 災害・ボランティア

何度もやられたけど、こんなにきれいな町なのだ

 今回も三陸大津波でやられてしまったけれど、毎回、私たちの先祖が、こんなにきれいに復興してくれたんだ。

 今度だって、やれるよ。絶対。

写真は我が故郷です。(クリックすると、より美しくご覧いただけます。)
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岩手県陸前高田市小友町只出方面から三陸沖を望む。

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岩手県陸前高田市小友町 広田半島と三陸沖を望む。

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岩手県陸前高田市小友町 広田湾から唐桑半島を望む。
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岩手県陸前高田市小友町 広田湾を望む。
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by ja1toep1 | 2011-03-23 23:47 | 災害・ボランティア