「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:闘病生活3( 11 )

杖がある生活

 先日の手術後、「カテーテルが体内に入っているから違和感があるけどね」とお医者さんに言われて出てきたんだけど、案の定、KSの私には、違和感どころの騒ぎではない。

 痛みが出ると歩けません。痛み止めも効きません。

 それでも会社に行かなければいけません。杖は必須です。

 1週間程度で杖は不要となると思っておりましたが、そんなことはありません。
杖を突かずに、往復できたのは、たったの2日だけでした。最近は、持って行って途中で使う、になっています。


 でだ。もうこうなったら、杖を満喫してしまえ、とばかりに、半分自棄になって使っています。どうせ、短期間だからね。

★歩道を歩く

  後方からの自転車に必要以上に注意するようになった。
  前方からの自転車のときは、よけられる場所があればそこで待機。やり過ごしてから歩行再開。
  人ごみ。避けたい。駅の中で斜めに突っ切るときには、車での流入と同じ方法。手を上げて、通りたいと言う意思表示をします。これは、若い方よりも年配の方に有効。

★駅・電車

  エスカレータやエレベータをふんだんに使う。
  譲られたら、素直に「ありがとう」「すみません」と言って従う。
  電車の座席では座れない。昔なら譲ってもらえたけど、今は無理。弱い立場が生き辛い世の中になったと痛感。
  弱者を平気で除けさせる若者たちが多いのは悲しい。

★会社

  びっくりするから杖は使わないでと言われたけど、痛いといきなり歩けなくなるので無理。使います。
  優しい社員もいます。ここでも譲ってもらったときは素直に従う。普段の譲り合いとは違うから。

★買い物

  申し訳ないけど自分優先で家族のものまでは買えない。片手しか使えないから。

★総括

  随分と不自由ですよ。杖があると。体力使います。疲れます。歩きにくいところが多い。優しいひともいるけど、大抵はそうでない。

 さて、この杖とおさらばできるようになったら、今まで優しくしてくれたところでは、存分にお返ししますよ。今いっぱい勉強させてもらっていると思っています。

 経験しないとわからんからね。
[PR]

by ja1toep1 | 2011-09-11 09:30 | 闘病生活3

今回もありましたよ、採血バトル

 5年前に入院したときの採血の様子は、こちらから。。。

 採血
 採血 その2


 で、今回も以前より大変でした。

 やはり体調がよくなかったために、採血可能な血管がさらに見えなかった、という事らしいです。


①手術時

  スタ:女性の手術スタッフの方

 なか:血管は細いので、いつも医者泣かせ、看護婦さん泣かせなんですよ。
 スタ:どれどれ。
    (左腕を見ながら)あー、本当ですね、これ、どうしよう。

    ・・・でも果敢に腕にむんずと刺して・・・

    あれっ、んーん。。。。。抜きますね。ごめんなさい。

 なか:まぁ、謝らなくっても、こっちが悪いので。。。

 スタ:手の甲ならいけるかも。。。
    あー、でも細いなぁ。。。。ぶつぶつぶつ。。。

    でも2度目にしてやっと入ったようで次の麻酔の作業に掛かりました。

②術後

   男性:医療関係者


  術後の翌日の朝に採血がありまして。。。そこに現れたのは男性の医療関係者。
  私はあまり良い状態ではなかったため、さっさと採って貰いたくって、取って置きの、右腕の手首を差し出しました。ここをはずす人はそういないので、確実に採ってくれると思ったんですよね。
ただね、ほら、男性では過去にうまくいっていないということもあって、一抹の不安はありましてね、今回は的中するわけです。

  男性:採血に来ました。
  なか:えっ。採るんですか。
      じゃぁ(って、右腕を出して)確実なところで、宜しくお願いします。

  男性:(いろいろやっているんだけど、どうしてもうまく血管を見つけられないらしい)
      うーん、ダメだな。。。。ダメだ。。。ダメですね。。。。

  なか:(内心:へたくそー。こんなん見えているのに、なんでダメなの。
      初心の看護士なんかじゃ無理無理、私のは大変なんだから)

  男性:あのー、1箇所、そこなら確実なんですけど。。。

  なか:(不審そうに)どこですかぁ。

  男性:足です。

  なか:足って、痛くないんですか?

  男性:意外と痛くないんですよ。

  なか:じゃぁ、どうぞ、お願いします。
      (内心:しょうがねぇなぁ、初心の看護士のために一肌脱ぐか)

  男性:じゃぁ、ズボン脱いでください。
  
  なか:へ、脱がなきゃいけないところなの?
     (もしかして。。。あそこ? 足の付け根?
      5年前の採血で女医さんが指定したけど、
      私が、女房の許可なしでは無理って拒んだところか)
     (まぁ、男だから、いいとするか)

  男性:(血管をぐっと指で押さえましてね、あっさりと採りました)

  なか:(確かに簡単なところなのね)


  さて、この男性、医療関係者と書いたのには訳があります。つまり、看護士か医師かの区別が私の中ではついていなかったからです。

 採血後に看護婦さんが入ってきましてね。。。

  看護婦:さっき、先生がいらしたでしょう?

  な か:いいえ、来てません。採血で、看護士さんがきただけです。

  看護婦:それが先生です。


  そうなんです、足の付け根からの採血は、動脈からの採血で、それはドクター(医師)しかできないことを後日知ったのです。
でも、そのときは、その男性を私は医師とは認めていませんでした。あんな若いのに、採血ぐらいちゃんとやれよ、って思っていました。
それから、その動脈からの採血のときですが、胃酸が上ってきて吐きそうになりました。つまり、具合が悪くなったということです。もう、あそこからの採血は、断ろうと思います。でも、腕のいい女医さんならいいかな。

③②の翌朝も採血が。

 今度は看護婦さん。
 左腕の関節においしそうな血管を見つけた看護婦さん。細い針でって言っているのに、普通の針でね採ろうとしたんですね。血管に当たりませんでした。見えているはずなのに。諦めたときに、針を抜いたのですが、血は一滴も出ませんでした。
でもね、左手首からはちゃんと採っていきました。
ほらほらね、ちゃんと取れるんですよ、手首は。。。②のお医者さん、もっと練習しないとね。

 でも、この朝も、大変な朝で、結局、朝の採血でその日全ての体力を使い切りました。まだ朝なのに。

④猪木でないんだからさ。

 採血ではないんですがね、点滴の針が痛くなって、別な血管を捜さなければならなくなりました。
今度も男性のお医者さんでした。体育会系で、②の草食系とはちょっとちがう安心感を撒き散らしておりました。

 この先生も、一回目、ダメでした。
 難しいなぁ、これ、とか言いながら、あっちこっちにぐさぐさ刺しているんですよ。痛かったんですけどね。
 で、ごめんダメだわ、とか言って、一回目を諦めました。

 2回目は、右手の甲でした。
 ここも、見えていませんから、難しいはずなんですよ。

 でもね、もう確信を持ってね、言いました。

 医師:1・2・3で針刺しますからね。。。。

 医師:1・2・3!!

 なか:(先生さぁ、ずるいよ。子供だましでないんだからさ、2で入れたでしょう)

  まぁ、結果オーライということでしょう。

 この先生、さっぱりした方で、お名前は存じ上げませんでしたけど、この先生になら、命預けられるな、って思いましたね。
②の草食系医師には、とてもとても預けられません。




 さて、こうして採血バトルが今回も繰り広げられましたが、みなさん1回目、失敗してました。


 また、④先生が入れた針ですが、退院が決まった日の夕方には、もう点滴が入りにくくなっておりましてね、腕の位置とか、指の握り位置とかで入り方が違うんですよ。
で、後、大きいのが1本、小さいのが2本って言われるんです。それで、点滴は終わりだからってね。

 ここで、商談にはいりましたよさすがに。これ以上無理だもの。次の血管を見つけるのは腕からは不可能でしたからね。つまり「やったことにしてもらえないか」ということですわ。

ところが、ナースステーション側の意向としては、「入るまで入れる」でした。
まぁ、当たり前ですけどね。

で、結局、寝る前に終わる予定の点滴が終わったのが、深夜1時前。
で、これで最後だと言われていたので、抜針してくれって言ったのですが、申し送りがされていなくって、すったもんだした後の1時過ぎに、やっと解放されたのでした。

 いやー、人間の身体が欲しい、って思いましたよ。

 もっと普通の身体が欲しいです。ほんと。
[PR]

by ja1toep1 | 2011-08-28 09:47 | 闘病生活3

極限の中で

 きっかけは入院当日の昼過ぎの地震にあった。

 あー、なんか揺れている。周囲もざわつき始め、地震だ、ってなった。

 その後、病院の看護士さんが使う器具を載せたカーゴが動いているときに聞こえる、超周波数の高い音が自分の神経に触った。黒板に爪を立てたような、そんな音が気になった。
ちょっとの物音に、ピクって反応してしまう。
看護士さんが自分のベッドのカーテンを開いてもいないのに、開いて覗いているような、そんな気配に反応していた。
廊下を歩く人の歩調、音で、お医者さんなのか、看護士なのか、それ以外の医療関係者なのか、お見舞いの人なのかが、わかるようになっていた。

 この時点で、神経過敏になっていると気がつかなかった。


 そして、術後。

 心電図の計測器のケーブル、点滴のチューブ、おしっこの管、酸素マスクなどで、ベッドから動けない状態にあったし、寝返り程度までと言われていた。
実際には、右半身の腰付近の痛みで、寝返りをうつことさえ難しかった。
水分は、前日21時以降から絶飲食だったので、口の中も乾いていた。

 普段から、左半身を下にして寝ると、咳が止まらなくなったり、息苦しさを感じていたけれど、術後の体勢はその左半身を下にするようにしかできなかった。

 そうして聞かされた、手術の結果。

 「石は砕けませんでした。」

 私の心が砕けた瞬間でした。



 その後、まぁ、これは一部夢の中の話かもしれませんが、夢と現実をいったりきたりしながら、こんなことを考えてしまったのです。


 ★全てのことが信じられなくなった。

 お医者さんや、今回の手術入院でいろいろと心配してくれた人や、尽力してくれた方や、自分が求めている信仰さえも信じられなくなってしまった。
そこに向けられた全ての祈りも私は「毒」にしてしまったんです。罪深いことです。


 ★今まで回避してきたことが思い出されて苦しめられた。

 自分が今までの人生の中で回避してきたことが、走馬灯のように流れてきて、苦しみました。
子供の頃から、苦手で避けてきたもの、逃げてきたものが、ひとつひとつ想い出されて、なぜ、そこを一歩踏み出さなかったのか、踏み出していたら楽になってたかもしれない、とか。
「そこを、ちょっと越えて、こっちにくれば楽なのに」「男なら潔く」とか、いう声も聞こえた。

 もう、苦しかった。苦しくって苦しくって、もう、苦しくて。

 身体が動かせないから、なおのこと厳しかった。


 ★いつの間にか「呼吸の仕方」を忘れてしまっていた。

 酸素吸入はしていました。マスクですけど。後は、身体の傾け方による、息苦しさ。精神的に追い詰められてだと思うんだけど。
痛みによる呼吸の難しさもありました。つまり深呼吸が痛くてできない。

 浅くせわしない呼吸に変わっていました。



 そこで、はた、と気がつく。

 「息が出来ない」「呼吸の仕方ってどうやるんだっけ」

 そして、さらになおパニックに陥っていきそうでした。

 すかさずナースコール。

 「息が出来ず苦しい」

 恰幅のいい(包容力のありそうな)看護婦さんがやってきました。
そして、左手の指に末梢の酸素濃度を測る機械をつけて、こう言ったのです。

 「酸素濃度は100%です。酸素はちゃんと身体の隅々に供給されていますよ。」


 ★今回のこの一連のことが、精神的なパニックだと、自覚した。

 「過呼吸かも」

 そして、ちょっとだけ、看護婦さんが寄り添ってくださいました。けど。
役不足と思ったんですよ。つまり、寄り添う程度では回復できない、って。


 で、その状態が随分と長く続きました。

 過呼吸は、袋を口に当ててしばらく呼吸していくうちに落ち着くことは知っていましたが、そのときには、それができる状態にありませんでした。まぁ、看護婦さんにお願いすればよかったかもしれませんでしたけど、なんか、頼みたくなかったんです。


 ★泣く

 そうしているうちに、ある人のことが頭に浮かんだんです。
 最近、大変な手術をした人です。その人も苦しかったんですよね。で、そのときの自分からの言葉がなんだったかを想い出したんです。

 「最近、泣いた?」
 「よく今まで一人で頑張った。えらかったねぇ。」

 ってね、そう言ったことを想い出した。


 自分にも同じことを言い聞かせてみました。

 涙は少ししか出ませんでしたけど、それで、少しだけ楽になることができました。

 乗り越えられる、と思った瞬間でした。 


 ちなみに、前回の退院間際の疎外感によって一時的な鬱状態になった時は、看護士さんに打ち明けるのに、日単位の時間を要しています。今回のこの即時ナースコールは、前回の経験を生かしたものでした。つまり恥ずかしい事ではない、ってことです。

で、前回の鬱はどうやって直したか。

前回の入院時は、その状況をリアルタイム感覚でブログにアップしていましたから、そのコメントで、無線仲間からの大激励がありました。その激励で、泣いて、泣いて、それで、乗り越えたんです。ありがたかったでしたよ。その絶妙なタイミングが、とってもありがたかった。
今回は、それすらできない身体の状態だったということです。



 その後、多くのお医者さんが大変な状況の中で、いろいろとチャレンジしたけど、どうしても石を砕けなかったことを聞きました。その一瞬でしたけど、信じられない気持ちを持ってしまったことに、申し訳なかったと思っています。


 また、後日、精神科医の先生からの診察を受けた際に、この話をかいつまんでしました。
そうしたら、その先生。一言だけ言いました。

 「結局、自分で処置してしまったのね」


 私は、苦しいときに、「泣く」を身に着けてしまいました。

 でも、これがますます外にその兆候を見せないことになってしまうのではないか、って、それも怖いかなっても思うんです。つまり、精神科的な診察や処方なしで、小復活をしていくのが、もし、手遅れになったら、とか、そんなことも考えたりするんですね。

 で、今日も、かなり揺らいでいます。躁の状態にはなりませんが、朝は特に、鬱っぽくなります。しかも、越えられてしまうんでなないか、って、思っています。そこがまた、怖い。
[PR]

by ja1toep1 | 2011-08-27 10:16 | 闘病生活3

病院というところ

入院すると分かるんですが、みんなぎりぎりのところでやっているので、本音がでて凄いところです。

呆れるような人もいるし、どこまても誠実そうな人もいる。人間性が現れる場所です。

私は、こんなん書いているぐらいなので、誠実さを失なわないように頑張っていますよ。

今夜は、痛みで痛み止めの点滴中ですが、暫く眠れそうにないので起きてこんなことしています。

今日は隣のベッドが空いたと思ったら、すぐに
若い方が入院されましてね、夜間なのにテレビつけているんですよ。暗い中でのテレビは目によくありません。特に、関係ない隣の私には。迷惑なほどにね。
でもね、入院はじめてらしいし、若い方だし、9時から寝ろって言われても、無理だよね。だから、放っておくの。
どうせ二時間しか見れないし。

お見舞いの方々の話も可笑しいよね。時々吹き出しそうになります。同室の会話は、ひそひそ話になるほど聞こえます。医者や看護婦さんの話。まぁ、いい話でないことが多い。

病院スタッフは昔のように、担当が決まっているわけではないので、患者は大変です。同じ話を繰り返さないといけなかったりします。申し送りはたいてい期待できないので、自分が申し送りしないといけない。お医者さんも一人でないし、いきなり来て言いたいことだけを話していくし、表現が人によって変わるので、上司が沢山いるみたいです。

はは。愚痴になりそう。

外は雷雨です。

束の間の秋みたいですよ。

ここは、ある意味快適ですけど。


みんな、必死に生きる為に今夜も頑張っています。

そんな病院特有の音を聞きながら、過ごそうと思います。
[PR]

by ja1toep1 | 2011-08-21 23:22 | 闘病生活3

夏休み二日目 〜術後〜

手術は一時間半の予定が、三時間かかったようです。いろいろとチャレンジして下さったと聞きました。

麻酔は下半身麻酔でしたが、術中寝させて頂きました。

術後の夜は大変でした。

砕いた石が落ちる痛みとおちんちんから出る時の鋭い痛みが、予期せず起きるのです。

膀胱から管が出ているので、トイレを我慢しなくていいのに、我慢してしまって、また、石が出る時の痛みがあるので、我慢してしまうんです。

結局、看護婦さんがいないと安心しておしっこができず、夜中何度も来てもらっておしっこをしていました。管が繋がっているのに。

ベッドの都合上左側を下にする体制になるのですが、呼吸が苦しくて、パニックを起こしてしまうんです。

おしっこのストレスもあって、結果、過呼吸になってしまって気が狂いそうでした。

最後は、自分に、よくがんばったと言い聞かせて、泣いたら、落ち着けました。
ベッドの向きを変えて、ちょっと復活しました。

で、看護婦さんに、今何時ですか? って聞いたら、後五分で午前2時ですって言われて、ショックでした。

入院していると夜の長いのが大変なんです。
[PR]

by ja1toep1 | 2011-08-21 13:02 | 闘病生活3

夏休み二日目

手術は、予定通りにはいきませんでした。

尿管のダメージがあって、しかも、細いところがあって、レーザービームが、石まで届かず、少ししか削ることができなかったのです。
でも、尿管の補強は、カテーテルでてきているので、おしっこが、流れない心配はありません。助かります。

入院中に外から砕くチャレンジをしたいと、お医者さんは言っています。

術後の話はまた後で。
[PR]

by ja1toep1 | 2011-08-21 11:42 | 闘病生活3

夏休み初日

予定通り、今朝入院しました。

狛江の避暑地は快適です。

明日は朝からで、終日ベッドからは動けません。リハビリは土曜からの予定です。

あくまでも、予定です。

前回の入院手術のような、実況放送はしません。

後で、ゆっくり報告しますね。

ブログネタは溜まりつつありますので、お楽しみに。
[PR]

by ja1toep1 | 2011-08-18 19:00 | 闘病生活3

明日から夏休み

両親が逝ってから、お盆休みの考え方が大きく変わったと思っていたら、震災でさらに変わった。

決断を迫られるような。

ところで、明日から夏休みです。夏休みを利用して近場ですが、出掛けて来ます。

「おみやげは、無事でいいよ、おとうさん」という標語がありますが、そんな感じです。

帰宅予定は流動的で、週末になるか、夏休みいっぱいに使うか、それだけで終わらないか、最悪、帰れない可能性もゼロではなく、ちょっとリスキーです。

生還できた時はブログがアップされます。

死ぬような病気ではないからって、よく言われるんですけど、父もそんな中で逝きました。昨日が祥月命日でした。翌日の退院を控えての死でした。

何が起きるかわからないんですけど、大袈裟と思う人もいるかもしれませんが、当事者には重要なことです。幸い、病院側は万全の体制で望んでくれます。
有り難いです。

仕事が滞らないように、引き継ぎはしないとね。

当然、帰って来ますよ。

夏休みですから。




ありがとうございました。
[PR]

by ja1toep1 | 2011-08-17 07:23 | 闘病生活3

新たなアイテムGET 不規則抗体

 手術事前検査の結果が出ましてね。。。
検査結果自体には問題はなかったんですが、また、新しい事実が判明しました。

 「不規則抗体」

 簡単に言うと、輸血するのに、細心の注意が必要な特殊な血液を持っている、ということです。A型ですが、同じA型でも溶血を起こす可能性を持っているということですね。

 輸血の経験はないので、もしかするとクラインフェルター症候群(KS)が関係していますか、ってお医者さんに聞きました。
お医者さんは、「そうかもね」との回答でしたから、違うかもしれませんけど。。。

あー、これは、輸血しないような人生を送らなければいけない、ってことですよね。

以下は、あるサイトからの抜粋コピペです。
===
ABO式血液型は、A型の人は抗B抗体、B型の人は抗A抗体というように、自分自身の赤血球とは反応しない抗体を血液中に持つというランドシュタイナーの法則に従って4つの型に分けられます。一方、その他の血液型では対応する抗体を持たないことが普通です。抗A抗体、抗B抗体を法則に従った規則性抗体というのに対し、抗D抗体や抗E抗体などABO式血液型以外の血液型に対する抗体を総称して不規則性抗体といいます。

不規則性抗体は生まれつき自然に持っている場合(IgM型)と、輸血や妊娠で免疫されて作られる場合(IgG型)があり、その不規則性抗体の検出率は約0.2~4%に認められます。

不規則性抗体を持つ患者にその抗体が反応する血液型の赤血球を輸血すると、体内で抗原抗体反応が起こり、輸血した赤血球が破壊され副作用を引き起こします。
===
[PR]

by ja1toep1 | 2011-08-10 21:39 | 闘病生活3

入院一ヶ月前検査

 昨日、入院一ヶ月前検査を受けてきました。それと入院予約。

★検尿・・・
 トイレに行きたくって行きたくって我慢に我慢をしていたため、レントゲンでなくって、先に検尿をお願いして、係りの人もあわてさせながら検尿を済ませたのでした。
泌尿器科の場合は、検尿とかの可能性があるためトイレに行くのもタイミングが難しいのよね。

★血が止まる時間の測定・・・
 2分でした。5分以内ならOKとのことでした。でも、ストップウオッチ片手に、30秒おきに、耳たぶ触られるのは結構疲れますよ。

★採血・・・
 はやくも採血バトルがありました。
 いつも手首から採ってもらうんですが、この病院はそこから採るのはNGなんだそうです。だからそれ以外から、ということだったんですけど、それはほら、いつも難渋している採血ですから。。。

 最初は、若い検査技師の女の子でした。
 見つけられないんですよ。やっぱり、難しいもの。私の血管。あるんですよ、あるんですけど見つけにくいんだなぁ。で、右腕、左腕と探して結局右腕からに決意したみたいでした。
でも、血管まで届かなかったんですよね。。。。。残念でした。

 で、今度は、百戦錬磨でっせ、とばかりの女性の方。
この方も、なかなか見つけられませんで、近くに細いのがあるんですけどね、なんせ、今回、小さい試験管みたいなので8本ほど採らないといけなかったので、そこからは無理との判断だったんでしょうね。
でも、どうしても見つけられないのです、仕方なく、細い見えているのに刺しました。
結果、なんとか8本採りましたよ。
お見事でした。

 しかし、私の血の気を引かせるには十分な体験だったですよ。8本抜かれたから具合がわるくなったのか、一度失敗しているからかなのかは分かりませんでしたけど、そこから、いきなり、やばかったんですよ。

★心電図・・・
 この検査技師の方は、にこりともせずに、機械的に検査しましたね。で、このとき、車椅子のご高齢の方が肺活量の検査を受けておりましてね、検査技師の方がでかい声で「はい、はい、もっと吸ってもっと吸って、はい、吐いて、もっと、吐いて、もっと、もっと・・・」。もう、おかしくっておかしくって仕方がないんですよ。心電図、ちゃんと採れたかな。心配です。

★レントゲン・・・
 レントゲンと検尿は、石で痛いときと、通常の通院のときには必ずやるのでなれたものでした。
ただね、自分のペースで、「大きく息を吸って」っていうの辞めて欲しいんだけど。全く、こちらの呼吸と合わないんですよ。っていうか、全く逆なわけね。
ちょっと見ていれば、吸っているのか吐いているのか分かるはずなので、ちょっとだけ待ってくれてもいいんでないのって思いました。というか、いつもそう思います。検査されるのは、こちらなので、こちらにあわせて欲しいものです。先日なんかは、フィルム入れずに撮ろうとしましたからね。ね、宜しく頼みますよ。ね。

★入院予約・・・
 ということで、検査が終わってから入院の予約へ。これは、まぁ、ちょっと前に入院しているからね。いいんだけど、まぁ、強いて言わせてもらえば、保証人。一人でいいんでないのかな。別世帯で、もう1人って、そろそろいなくなるんだけどね。しかも生計を立てている人は。会社を興すときの保証人も、第三者は辞めることになったようだから、こっちも、そうしてほしいなぁ、って思いました。
時代の流れとともに、仕組みも変え(見直し)ていって欲しいものです。

 この後、会計になるんですけど、番号札を受け取ってからは、いつも、昼食を摂りにいきます。だいたいメニューは決まっていて、しょうが焼き定食なんですよ。もう、こういうのしか食べるのがない、みたいにね。
で、食べ終わって戻ってくると、もう会計計算ができていて、すぐに支払いができるんです。でも、高いよね。
まぁ、こういう話はまた、確定申告の前にでも話しましょう。

 そして、全てが終わってから帰ろうと思ったんですけどね、どうにもなりません。採血時の貧血状態のままで、しばらく休んでいくことになったんです。そうして、TVの前に陣取ってNHKの大河ドラマの再放送を見ていたら、東北地方での震度5強の地震です。災害モードに入りましてね、ちょっと、そんなことをいろいろとやっていましたら、血も供給されたようで、帰れるようになりまして、30分後に無事帰途につくことができました。

 まぁ、血管が細いからね、それに血管が見えないので、また採血には苦労しそうです。

ということで。
[PR]

by ja1toep1 | 2011-07-24 21:57 | 闘病生活3