NEWS<三陸海岸大津波 [著]吉村昭>

asahi.comより。

 吉村昭氏は、ノンフィクション作家で有名ですが、下調べがとてもすばらしく、愛読書は多い。

 災害系では、羆嵐、関東大震災、空白の天気図など、また漂流、遠い幻燈なども興味深い本だ。
特に、遠い幻燈に出てくる最初の作品は、今回の被災地の人々の暮らしをよく表現した作品だと思います。

 もう、亡くなった方ではありますが、この今回の震災を知ったら、また調べてみたいと思うだろうな、ってね、思います。

 私は、このブログの中で、今回の津浪が「決して想定外ではない」と何度も言っていますが、この本を読めば、その意味がわかると思います。

全文。
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■震災記録を超える「文学」

 日本を代表する歴史小説の大家であり、2006年に79歳で没した吉村昭が、1970年に刊行した書物である。明治29年、昭和8年、昭和35年の3度にわたり青森・岩手・宮城の三陸地方を襲った大津波の体験者への取材を元にした、著者の真骨頂というべき「記録小説」だが、このたびの震災を受けて文庫版が大増刷された。フィクション、ノンフィクションを問わず、地震や津波にかんする本は「売れてる」そうだが、題材といい題名といい、はからずもきわめて時宜にかなっているとも思える本書は、しかし数多(あまた)の「震災本」の類いとは、いささか趣が異なっている。

 「まえがき」にあるように、「津波の研究家ではなく、単なる一旅行者にすぎない」という吉村氏が大津波のことを調べ、実際に災禍に遭遇した人々から話を聞くうちに、「一つの地方史として残しておきたい気持(きもち)」になって著されたものである。資料と証言という「記録」に先立つ「事実」の集積を駆使しながら、他の吉村作品と同じく、筆致はあくまでも淡々としており、これみよがしな深刻さや、扇情的な生々しさからは程遠い。当事者ではなく研究者でもない。そればかりか、ここにあるのは、いわゆるジャーナリスト的な視線とも違う。ひたすら「事実」だけが語られていながら、かといって単に客観的な「記録」とは異なる、(誤解を畏〈おそ〉れずに敢〈あえ〉て書くと)絶妙な距離感の、要するに「小説」的としか呼びようがないような印象が、本書にはある。そしてこのことは、著者が痛ましく忌まわしい大津波という出来事から受け取っただろう途方もない衝撃と、何ら矛盾してはいない。

 ひょっとすると一種の「災害対策本」として買い求められているのかもしれないが、そういうものではない。これは「記録=文学」なのだ。
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by ja1toep1 | 2011-05-19 22:58 | 災害・ボランティア

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