喪中のため、年末年始のご挨拶は失礼いたします

 今年9月に母が逝ったため、喪中です。

 喪中のはがきを先月末に出し、その返事が夕方に届いた。
いずれも、母の古い友人や親戚の方で、一様に、母の優しさについて綴られていた。

 自分で言うのもなんだけど、その優しさを受け継いだ私です。

 母の友人のSさんとは、多感な女学生時代を過ごした方で、数年に一度ぐらいの割合でクラス会を開催していた人でした。母がまだ入院中のとき、実家に行き、もう戻る事はないとわかっていたので、状差しから届いていた郵便物を持ってきていたのですが、その中に達筆な文(ふみ)があったのです。

 なんか、母から電話をしてほしいと頼まれたように、突き動かされるように電話をしていました。
事情を説明したところ、ぜひ、生きている間にお話したいということでした。でも、母はすでに、認知症が進んで会話にならなかったのです。それでも、見舞いに出かけた折に、携帯電話で何度か会話を試みたのですが、結局、叶いませんでした。
母は優しかったけれど、思った事をはっきりと言葉に表す人だったようです。大丈夫、そこも引き継ぎました。

 もう一人の方は、中越地震の被災地にお住まいのいとこの方でした。
地震で車の中での生活のときに母から送られたものが、結局遺品になってしまったとかかれてありました。父も母もそういう時に、励ますことをすぐにやる人でした。そんな私もしっかりとその志を受け継いで、災害系のボランティア団体に所属しているのでありました。しかも、そのきっかけが中越地震であったことは、奇遇でしょう。
また、汚れる仕事をする方々には、必ずタオルとか飲み物とかを渡していました。子供の頃からそんなだったので、私の体にも染み付いております。

 実は、それらの便りを受けて、いろいろと考えてしまい、整理がつかなく落ち込んでしまいました。涙が止まらなくなっておりました。

でも、今、ここにそれを書いていたら、すこし落ち着いてきのも事実です。

そして、返事を送っていただいた方々にお会いしたくなりました。いずれも、関東ではありませんけど、母がそれを欲しているような気がしてなりません。生きているうちに。
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by ja1toep1 | 2010-12-05 01:05 | 日記

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