余計なことを・・・
2009年 01月 13日
帰京の当日の朝、親の布団も一緒にたたんで押入れに仕舞ったら母に言われた。
恐らく、独りでの生活のパターンを乱すな、ということだと思った。
その独り暮らしのパターンを、帰省しても壊さないように心がけていても、やはり、「息子が帰ってくる」ということで、布団を干したり、何か食べさせたいと作っていてくれたりで、結局は、母のパターンを壊してしまう。
仕方がない部分は別として、できなくなっていく部分だけを、さりげなく手伝ってあげることが必要なんだと思う。
「さりげなく」です。「やってあげている」はダメなんです。あくまでも、「さりげなく」「さりげなく」。
先日の投稿に対してのコメントで、「親が居ても立ってもいられないくらい、心配してしまうから、来てくれるな」というのがありました。
それも分かる。
私も、かつて、東京から車で帰省するときに、「今、福島」「今、仙台」とか、いちいち報告していた。これは「親が心配するから」ということでの報告だった。
でも、今は違う。たとえ、途中まで新幹線で行って、レンタカーで帰省しても、いちいち報告なんかはしない。
最近の定番は、実家の近くのスーパーの駐車場についてから、
「今、○○町のスーパーにいるんだけど、なんか買って帰ろうか」
、が最初の報告だ。
ずいぶんと、薄情だと思うかもしれないけれど、一番親を心配させない方法だと思っている。もちろん、家内には、メールで、どこにいるかは報告してるけどね。これが帰郷のとき。
帰京のときは、別。
「今、一関について、新幹線に乗るところ」、「今、東京についた」、「今うちに着いたよ」ってね、今度は、出かけたタイミングを知っているから、場所場所でちゃんと報告します。これが遅れると心配をかけるから。
母の状況を思って、楽しみながら、試行錯誤しています。
恐らく、独りでの生活のパターンを乱すな、ということだと思った。
その独り暮らしのパターンを、帰省しても壊さないように心がけていても、やはり、「息子が帰ってくる」ということで、布団を干したり、何か食べさせたいと作っていてくれたりで、結局は、母のパターンを壊してしまう。
仕方がない部分は別として、できなくなっていく部分だけを、さりげなく手伝ってあげることが必要なんだと思う。
「さりげなく」です。「やってあげている」はダメなんです。あくまでも、「さりげなく」「さりげなく」。
先日の投稿に対してのコメントで、「親が居ても立ってもいられないくらい、心配してしまうから、来てくれるな」というのがありました。
それも分かる。
私も、かつて、東京から車で帰省するときに、「今、福島」「今、仙台」とか、いちいち報告していた。これは「親が心配するから」ということでの報告だった。
でも、今は違う。たとえ、途中まで新幹線で行って、レンタカーで帰省しても、いちいち報告なんかはしない。
最近の定番は、実家の近くのスーパーの駐車場についてから、
「今、○○町のスーパーにいるんだけど、なんか買って帰ろうか」
、が最初の報告だ。
ずいぶんと、薄情だと思うかもしれないけれど、一番親を心配させない方法だと思っている。もちろん、家内には、メールで、どこにいるかは報告してるけどね。これが帰郷のとき。
帰京のときは、別。
「今、一関について、新幹線に乗るところ」、「今、東京についた」、「今うちに着いたよ」ってね、今度は、出かけたタイミングを知っているから、場所場所でちゃんと報告します。これが遅れると心配をかけるから。
母の状況を思って、楽しみながら、試行錯誤しています。
by ja1toep1 | 2009-01-13 22:54 | 病気・介護 | Comments(2)